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木漏れ日通り 002

 いつにもまして晴れていると思っていたら突然降り出した雨は案の定通り雨だったらしく、木の下に隠れていた私は雲が通り抜けると同時に再びブランコに向かった。塗装がはがれて至るところにヒビが入った座り木は、しっかりと雨水を吸い込んで湿っぽくなっていたけれど、お母さんが見ているわけでもないし気にせず座った。スカート越しにおしりが冷たくなるのが分かったけれど、ついっさき幻のように一瞬で通り過ぎていった雨が、確かに現実だったという証のような気がして、嫌な気持ちにはならなかった。

 服の下からノートを取り出し(雨に濡れないように隠していた)、膝の上で広げると、挟んであった鉛筆が落ちそうになり慌てて手を伸ばした。押し花で彩られたノートも、レモンの香りがする鉛筆も、おばあちゃんにもらった物だった。だから絶対に汚すわけにはいかないのだ。

 鉛筆をノートに向けながらそれらしく構えていた私は、しばらくしてため息と共に伸びをすると、鉛筆を指揮棒のように振ってみたり雲を数えるのに使ってみたりしたけれど、そんなことにもすぐに飽きてしまい、結局口元に添えるという感じで落ち着いた。

 ノートには上の方に

│花 太陽 空 雲 鳥 さえずり 風見どり 木 道 くさり ブランコ 屋根 雨│

とあって(雨というのはついさっき書き足した)、その下には

│太陽はまぶしい けれどまぶしいのは太陽だけではなくて│

│たとえば夏の海や冬の雪ノ原、花や塗ったばかりのペンキだってまぶしいから│

│きっと太陽も地球をみてまぶしいと思っているのだ│

│でも、太陽は目をつむることができないからかわいそう│

と書いてある。理由やきっかけはないけれど、なんとなく詩というものが書いてみたくなったのだ。何度も直しながら書いたからそれらしいような気もするけれど、やはり時間をおいてみると果たして本当にこれでいいのだろうか。という不安がわいてくる。

 そもそも詩ってなんだろう。お父さん、お母さんにも聞いてみたけれど、「なんでも聞いてばかりいないで、自分で調べなさい」と怒られてしまって、結局二人ともよく分からないということが知れたただけだった。だって、分かるときは自慢げに答えを教えてくれるのに、分からない時はいつもこうやってはぐらかすから。私はその場では「そっか、自分で調べるのも大事だよね」という顔をしてみせるけれど、本当はちゃんと分かっているんだ。

 ブランコを安楽椅子のように揺らしながら、小難しい顔でノートとにらめっこをしていると、上の方でチカチカと何かが光るのを感じた。顔を上げると、公園の向かいのお家の屋根に、男の子が座っていた。屋根のてっぺんには銀色の風見鶏があって、男の子がそれを揺らしているせいで、輝いて見えたのだ。

 私は立ち上がって向かいのお家に近づいた。男の子がじっとこちらを見ていたからだ。顔は見たことがなく、近所の子ではなさそうだけれど、不思議と怖くはなかった。

「ねえ、あなた。そこで何をしているの?」

 男の子は何も言わずに風見鶏から手を離した。声が聞こえない、というわけではないようだ。

「さっき雨が降ったでしょう。濡れなかった?」

 男の子は置物のようにじっと動かない。私はだんだん、男の子が最初から風見鶏と一緒にそこにいたような気がしてきて、それ以上は何も言わずにブランコに戻って行った。

 ノートを広げてしばらくすると、再び上の方からチラチラと光が降ってきた。私は立ち上がると、男の子に向かって叫んだ。

「あなた、降りられないんでしょう!」

 男の子は黙って手を止めると、恥ずかしそうにわずかに俯いた。それを見た私は手を貸してあげようという気になって、お家の壁際に横になっていた梯子を、屋根に立てかけた。

 男の子は私より背が小さくて、下に降りてきても屋根の上とあまり印象が変わらなかった。

「どうやってあんな所に登ったの?」

「登ったんじゃなくて、落ちてきたんだ」

「どこから?」

「あの、飛行機から」

 男の子は空の向こうを指差した。私は一生懸命目を凝らしたが、見えるのはちぎった食パンのような雲ばかりだ。男の子の声は落ち着いていて、からかったりふざけたりしているようには見えない。全身をそれとなく見ても、服が乱れていたり怪我をしている様子もないため、私はとりあえず安心した。

「ここ、座ってもいい?」

 ブランコの前で男の子が言った。

「いいけど、濡れてるよ」

「でも、お姉ちゃんはさっき座ってた」

「濡れてもいいなら、座ってもいいよ」

 男の子は腰を下ろすと、「わっ」と声をあげて鎖にしがみついた。ブランコが予想外に揺れたことに驚いたらしい。澄ましているようでも、中身はやっぱり見た目の通りだ。私は思わず笑みを漏らした。

 隣のブランコに座りノートを開くと、男の子が興味深そうに覗いてくる。

「何を書いているの? 日記?」

「詩よ。まだ、ほんの少ししか書けていないけど」

「太陽のお話の、その続きはあるの?」

「いいえ。これはこれだけでおしまい」

「そうなんだ。それじゃ次のお話が読みたいな」

「次は、うーん……」

「まだ書いてないの?」

「ずっと考えているんだけど、なかなか出てこないの」

「それじゃあさ、僕のことを書いてよ」

 男の子は私の顔を見つめながら言った。唇から覗いた白い歯が、さっきの風見鶏のように輝いている。

「会ったばかりじゃない。私、あなたのこと何も知らないのに」

「僕ね、高いところからいろんなものを見てきたんだ。それをお姉ちゃんに書いてほしいんだ」

 男の子はそう言って話を始めた。私は次第に引き込まれ、やがて時間を忘れて聴き入ってしまった。

「それで、この屋根の上に落ちてきたって訳なんだ」

 男の子は話を締めくくった。現実に引き戻され、辺りを見渡した私は驚いた。すっかり日が暮れていたからだ。

 ノートにはびっちりと文字が書き込まれている。一日でこんなに沢山の文字を書いたのは初めてで、指が棒切れのようになっていた。お父さんのペンだこを見て、どうすればこんなものが出来るんだろう? と疑問に思ったことがあるが、今ならそれがよく分かる。

「ノート、こんなになっちゃった」

 男の子は目を丸くしながらうなづいた。

「嬉しいな。そんなにいっぱい書いてくれたんだね。でもごめん、こんなに遅くなっちゃって」

「いいの。とても楽しかったから」

「ちょっと寒いね」

 男の子は膝をさすりながら言った。

「そろそろ帰ろっか。お家はどこなの?」

「家は……ずっと遠くなんだ」

「遠く?」

「うん」

 男の子はブランコから立ち上がると、公園の出口に向かって駆け出した。慌てて後を追う。私はまだあの子の名前すら聞いていない。

「またここに来る? また、会えるよね!」

 男の子は道の真ん中に立ち止まると、手を上げて左右に大きく振った。

「お姉ちゃん、ありがとう!」

「待って!」

 背中に向かって叫んだ。しかし男の子は二度と振り返ることはなく、私が公園から出た時にはその姿は幻のように消えていた。

 隙間なく文字の書き込まれたノート。通り雨の染み込んだブランコの座り木のように、このノートだけが男の子がいたという証だった。

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